スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新歓に向けて・・・?

 定期演奏会を終えて間もなく冬休みに入り、そこから1月は後期試験に向けて授業がスパートし、ようやく今日で試験が終了して春休みを迎えました。また長くブログが滞っていたのはブログ主の筆不精が原因です。でも、ほら、不定期更新ですし・・・。
 しかしブログの更新が途絶えていたいることには、これでもそれなりの危機感は抱いており、なぜかと言うとそろそろ京大の入学試験が近付いてくるからです。昨年は新歓に来てくれた新入生の中に「ブログを読んで来ました」という人も多く、そこで初めて(こんなブログでも新歓の生命線になっているのか)と認識するに至ったわけで、そろそろ始動しておかないと「活動してないサークル」だと誤解されるかも知れないので、春休みにもなったから早速ページを更新しているということです。わりと、楽器が弾けるサークルがないかと探して、音研器楽部のブログに流れついて自由に活動していそうなこのサークルに足を向ける人も多いようですからね。そういう人はひとまず新歓に来てみて下さいね。
 今のところは大きなイベントもなく落ち着いていますが、2月末か3月始めにお馴染みの錦鱗館でミニコンサートを企画しているところです。まだ演奏者募集中の段階なので確定できていませんが、色々と決まり次第また告知します。しかし、あっと言う間に2月ですね。これでまたすぐに新歓の時期になるのかと思うと同時に、同期の学部生にとっては最後の年度になると考えると幾分感慨もあります。まあ、卒業に向けて単位と格闘したり、卒論の仕上げに追われたりしながら、結局はピアノを弾いているのだろう。と思います(少なくとも私は・・・)。
 新入生向けに書いておくと、うちのサークルはピアノサークルではないので、弦楽器も管楽器も入会大歓迎です。個人的なことを言うと、ビオラやチェロの新入生とか、オーボエやファゴットの新入生が来てくれたらとても嬉しいですね。過去にはマリンバで入会してた先輩もいますし、弦楽合奏団を組織できるくらいには弦楽器の人が多かったみたいです。あとは歌の人がいたら文句ないです。『詩人の恋』やってみたい。

《私の好きな録音⑮ ~ブランデンブルク協奏曲第5番~》
 ここまで何となく演奏家縛りで語ってきましたが、だんだんと語れる程のネタが無くなってきたのと、一人の演奏家に決めるといくら分量を割いても語り足りなくなってしまうのとで、まあ思い付くネタで誰それとこだわらずに書いていきたいと思います。齢22の私が語れる程に聴き込んだ演奏家は本当に一握りに過ぎないですし、とか言ってまた思い出したように誰かについて話し始めるんじゃないかなと。元々が雑記帳のようなものには変わりないです。
 そんなこんなでバッハの大名曲『ブランデンブルク協奏曲第5番』を持ち出してきました。ふと思い返してこのブログの初期の記事を見たら、「今日の1曲」とかで同じ曲を紹介していたみたいです。薄い文章で、多分まだこのブログの立ち位置と自分の立ち位置が分かっていなかったんだと思います。さて、この曲は音楽史上で最初にチェンバロをフィーチャーした協奏曲なんて言われ方をしますが、確かに第1楽章にはチェンバロの大規模なカデンツァがあって、他の楽章でもチェンバロの役割は大きいのでまあその通りかなと。でもコンチェルト・グロッソという大枠をはみ出してはこの曲の意味が無いですね。ここの捉え方の如何で、独奏楽器にソリストを起用するか、あくまで合奏団の中で成立させるかという違いも生まれるのかも知れません。
 ブランデンブルク協奏曲の録音というとカール・リヒターの世紀の名盤がありますが、時々面白くないと感じる所もあって、やっぱりこの人は受難曲で聴いておきたいと思わせます。『マタイ受難曲』でリヒターより感動を誘う演奏もそうはないでしょう。『やはりあの方は神の御子だったのだ』で幾度となく感涙しました。
 さてブランデンブルク協奏曲第5番について、近頃聴いてその美しさに心奪われたのはブリテン指揮イギリス室内合奏団の録音です。作曲家としても著名なブリテンはピアニストや指揮者としても卓越した手腕を発揮しましたが、この録音では作曲家の視点から洞察豊かな演奏を繰り広げており、これまで看過されていた曲の有機的な奥深さを再認識させてくれます。スコアのさらに向こう側を読み込むような演奏は、作品の構造や声部の豊饒な絡み合いを紐解き、細部にまで命の通った美しさを聴かせています。こうした演奏だと、独奏楽器群の華やかさよりもむしろ、合奏群までも含めた全体の統一感に耳が向きますね。
 もう一つ、これはチェンバロの代わりにピアノを用いた録音で、日本では専ら指揮者として名高いカルロ・ゼッキがピアノパートを弾いているものがあります。1938年という彼の若かりし頃の録音で、当時はまだピアニストとして名声を博していました。オーケストラが時代がかってはいますが、ゼッキのピアノはまるで羽が生えているように軽く柔らかく弾んでおり、第1楽章カデンツァや第3楽章に聴かれる天衣無縫で無理のない指さばきは余人の及ぶ所ではないように思えます。この録音のもう一つの魅力は、独奏ヴァイオリンをジョコンダ・デ・ヴィートが受け持っていることでしょう。イタリアが生んだ二人の天才の邂逅とでも言うのでしょうか、ともかく、主に独奏を聴く録音であることには間違いありません。ゼッキがピアニストとしてバリバリ活躍したのは戦前のことで、戦後は指揮者としての名声が勝っていますが、室内楽の分野でチェリストのミクロシュ・ペレーニやエンリコ・マイナルディと組んだ録音が残されています。彼のピアノ演奏を聴くにつけて、ミケランジェリと並んでイタリアを代表するピアニストと持て囃されたのは伊達ではないと感じ入るものです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。