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第122回定期演奏会、その4

 シューマンといえばピアノ曲や歌曲がすこぶる有名でかつ人気が高く、また室内楽曲や交響曲もよくコンサートのプログラムに取り上げられます。初期こそ専らピアノ曲ばかりを手掛けていた彼でしたが、その不幸にも長くない人生の中で広範な分野をカバーする創作を行えたのはシューマンの音楽的天恵の賜物と言えましょう。しかしその中にあって、彼の合唱曲というといまいちピンと来ない嫌いもあります。『流浪の民』が飛び抜けて有名ではありますが、それ以外で耳にすることはほとんどないように思えます。
 シューマンの作品全体を俯瞰すると合唱のために書かれた曲というのは意外とたくさんあって、最も早いもので『男声合唱のための6つの歌 Op.33』という作品があり、その後もコンスタントに合唱を含む作品が生み出されているのが分かります。特にOp.50のオラトリオ『楽園とぺリ』は彼の名声を一気に押し上げた出世作と言われ、また晩年には『ミサ・サクラ』や『レクイエム 変ニ長調 Op.148』といった重要な宗教曲を作っており、思っていた以上にシューマンと合唱の関係は深いものがあるようです。
 『4つの二重合唱曲 Op.141』は彼がドレスデンで暮らしていた1849年に作曲されました。当時のドレスデンは音楽的に環境の良い場所とは言い難く、芸術家は王に雇われる立場として宮廷画家は庇護の対象であったにもかかわらず、音楽家は冷遇を受け、そんな音楽の行き届かない土地で一般民衆からの視線も冷ややかなものだったそうです。またこの頃彼は精神障害にも悩まされており、時として作曲の筆を中断せねばならない程であったといいます。しかしそのような境遇に置かれても彼の創作はより深みを増し、多くの分野にわたって今日傑作と評され愛奏される作品を生み出しています。
 ドレスデンに来てからシューマンはフェルディナント・ヒラーという音楽家と知り合い、友人としての関係を築きます。しかし彼がデュッセルドルフへ離れることになり、友の職を後継する形で、シューマンは地元の合唱団の指揮者に就任します。これはシューマンにとって自作を発表する場を得たことでもあったため、これをきっかけとして以降多くの合唱曲が手掛けられることになりました。『4つの二重合唱曲 Op.141』もその一環で書かれたものでしょう。今回演奏されるのは第1曲『星に寄す』と第2曲『おぼろな光』。シューマンの和声感覚がここまで瑞々しく彩り豊かなものだったのかと改めて認識させられるのは、合唱ならではの厳かで清澄な響きがあってこその再発見です。ドレスデン時代のシューマンはバッハの作品を深く研究し、その成果としていくつかの作品を残していますが、もちろんのことバッハのカンタータやオラトリオなどの合唱曲も研究したことでしょう。この『二重合唱曲』を聴いていると、ここにもそうした研究成果が反映されているのかも知れないと思わせられます。

《私の好きな録音⑫》
 京都大学の横にアンスティチュ・フランセ関西‐京都(旧関西日仏学館)という建物があります。毎年の春になるとそこで「京都フランス音楽アカデミー」が2週間程度の期間にわたって開催され、フランスの高名な音楽家が京都へやって来て受講生に対してレッスンをします。自分が見学させてもらったピアノのレッスンでは、チェリビダッケについて教授が触れており、その教授は「前もって自分の決めておいたテンポで常に演奏するのが正しい訳ではない。曲のテンポというものは演奏する場所によって、いつ演奏するかによって、そうした色々な条件の中で刻々と自ずから変化するものだ」みたいなことをチェリビダッケが語っていると言っておられました。「なるほど」と思いましたが、そこで止せばいいのについうっかり(受講生でもないのに)「フルトヴェングラーも似たようなことを言ってますね」と口を滑らせたのがきっかけで、その後はフルトヴェングラーの話で教授がとうとうと話を始めお互いに盛り上がりました。受講生の方は何の話かさっぱりだったみたいでしたが。それよりも驚いたのは通訳の方がチェリビダッケの名前をご存知なかったようで、ああいう場において人並み以上に音楽に携わる人間なら知らぬはずもないと考えていただけにビックリしました。それともこれがジェネレーションギャップなのでしょうか。とは言え、その受講生や通訳さんよりも私の方が若かったのですけどね。

 フルトヴェングラーで最初に聴いたのはブラームスの交響曲第1番でした。これは以前の記事でも書いた通り、凄絶な演奏です。この「凄絶」という言葉を使う時に思い起こされるのは清少納言の『枕草子』で、よく古文単語の辞書では「凄まじ」の用例として「すさまじきものにして見る人もなき月の」という文が引かれます。「殺風景なものとして見る人もない(冬の)月が」という訳になるのですが、この"冬の月"のイメージがどうも自分の中で呼び起こされます。肌をも切るような張り詰めた冷たい空気、寒々として透徹した視界を照らす月の光、そこにあるのは人間的温もりではなく異次元の妖気。こんなイメージがある時、自分の中で「凄絶」という言葉が浮かびます。
 彼の録音は交響曲なんかも当然の事ながら素晴らしいのですが、深く感心させられるのは協奏曲の伴奏を受け持った際の指揮ぶりです。例えばシューマンのチェロ協奏曲。チェロの独奏を務めるティボール・デ・マヒュラはフルトヴェングラー時代のベルリンフィルの第1ソロ・チェリストで、戦後は長きにわたってコンセルトヘボウの首席チェロ奏者を務めたチェリストです。彼の滑らかで潤いのある音色で泉の流れのように奏でられるソロも絶品なのですが、フルトヴェングラーの指揮もまた、伴奏という域を越えて高らかに歌い上げてきます。第一主題が終わってからのトゥッティでは激しく急くように揺さぶり、第二主題の合いの手でも影に潜まない存在感で音楽全体を立体的に浮き彫りにしてみせます。第三楽章などはチェロ独奏付き交響曲でも聴いているような気分です。独奏に寄り添いつつもフルヴェン節の主張を隠さない、それでいながら結果としては両者が共に形作った音楽であるというのが不思議なところです。
 同じことは伝説的ピアニストのエドウィン・フィッシャーとのライブ録音であるブラームスのピアノ協奏曲第2番にも言えますが、こちらの方がより独奏とオーケストラがアグレッシヴな関係です。「巨匠対巨匠」という構図だけで痺れてくる次第ですが、演奏内容も両者の一進一退の、丁々発止のせめぎ合いのようなものを感じます。別にいがみ合っているのではないですが、お互いがお互いの演奏に感化されて「これでどうだ!」「それならこれは!」と鳴らし合っているような演奏です。聴けばお分かり頂けると思います。そしてやはり、フィッシャーはフィッシャーの音楽で、フルヴェンはフルヴェンの音楽で鳴らし合うという、火花が出るくらいスリリングなことをしているにもかかわらず、音楽は破綻しません。それどころか、むしろこの曲の巨大なシルエットが最もくっきりと輪郭を顕わにした最上の名演なのです。ここにおける二大巨匠は、お互いが慣れ合って歩み寄っているのではなく、二人が同じ場所に向かって肩を並べて歩いているだけなのです。ここまでやってようやくブラームスの意図した「ピアノ独奏付き交響曲」としての性格が引き出されたように感じられます。そもそもオーケストラの比重の大きな曲ということもありますが、それにしても管弦楽の何と雄弁な語り口であることか。これはフルトヴェングラーが指揮しているからこそで、同時にピアノがエドウィン・フィッシャーくらいでないと出来ないことなのかも知れませんね。タイムマシンが発明されたら過去に遡ってこの現場に行きたいです。
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cello conが気に入ってます

e-499こんばんは(^o^)/e-499

Schumann=“cello concerto”なimageがあるのですが,
v-342の才能もあって,
彼の【室内楽】&【piano作品】はどれも気に入っています(*´∀`*)e-414

“Bach”についても研究されていたとは
すっごくびっくりです---《゚Д゚》i-199
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