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第122回定期演奏会、その3

 ピアノ学習者にとってバッハの『インヴェンションとシンフォニア』は非常に馴染み深い名前だと思いますが、大体この段階を経ると次に手を付けるのが『平均律クラヴィーア曲集』になります。バッハより前の時代には鍵盤楽器の調律法がまだ発達しておらず、調律を変えないまま違う調を弾くと違和感が発生するという問題があったのですが、平均律に代表される調律法の改善により、同じ調律のまま異なる調を弾いても耳に付くほどの違和感が出なくなりました。この曲集はそうした、どのような調でも演奏可能な鍵盤楽器を念頭に置いて、全24調を網羅して作られているものです。それぞれの調に「前奏曲とフーガ」がセットになっており、今回演奏される第1巻第21番変ロ長調にも「前奏曲」と「フーガ」があります。軽やかなに駆け抜けるような前奏曲に続いて、愉快かつ安定した足取りのフーガが奏される、曲集の中でも愛されている作品です。
 ショパンの『練習曲』については以前の記事でも触れました。曲集中には『革命』などの愛称が付されているものも多くあり、それは曲の与える印象をそのまま言葉にしたものや、曲の特徴を端的に表したものになっています。第5番『黒鍵』はその名が示すように、右手が黒鍵以外を弾かないという少々変わった練習曲です。ショパン自身はこの曲をあまり顧みなかったといわれていますが、煌めくような右手のパッセージと愛らしく跳ねる左手の和音、その両者が生み出す魅力には捨て難いものがあります。ちなみに右手はほぼ全て黒鍵を弾くのですが、終わり近くなってからたった一度だけ白鍵を弾きます。
 バラード第3番についても第121回の定期演奏会特集で詳しく書いたと思います。4曲あるバラードの中でもこの第3番は全編が幸福な情緒に溢れ、湧き出す歓喜が最後まで持続する、長調で終わる唯一のバラードです。他はどれも悲嘆や激情や諦観の中、短調で終わります。第2番はヘ長調なのに最後はイ短調で終止します。ですから余計に第3番の喜ばしい雰囲気が輝きを増しているのだと思います。

《私の好きな録音⑪》
 去年の夏頃に存在を知った音楽家がいます。ヴァイオリニストのフィリップ・ヒルシュホルンです。この人はラトビアの生まれで1967年のエリザベート王妃国際音楽コンクールでの優勝を皮切りに国際的に活躍、また後進の指導にも当たりました。しかし脳腫瘍により1996年にこの世を去り、享年50歳でまだまだこれからという時だったでしょう。ちなみに67年のエリザベートでは出場者の中にギドン・クレーメルがいて優勝候補と目されていたのですが、結果は第3位でした。今やクラシック音楽界の大御所ともなっているクレーメルを抑えての優勝ということで、その時のヒルシュホルンがどれだけの稀有な音楽家だったかということが分かるのではないでしょうか。ちなみにクレーメルが優勝を逃したのには、コンクールで演奏したエルガーのヴァイオリン協奏曲がオーケストラと指揮者の無理解のためにあまり映えなかった(そもそもコンクールで映えるかどうかは……)からという噂もあるのですが、はてさて真相はどうやら。個人的にはクレーメルにエルガーのちゃんとした録音を残して欲しいと切に願っています。
 キャリアの盛りを迎えようという時の突然の死というのは、悲劇的な最期を遂げたとして色眼鏡で見られてしまいそうですが、ヒルシュホルンの場合はそのような色眼鏡に誑かされるまでもなく一聴しただけでその天才を窺い知ることができます。例に漏れず、またこの人の場合は後進の指導に注力していたこともあり、録音の数は多くありません。しかし残されたものはこれまた例に漏れず珠玉の名演奏の数々となっています。
 私が一番最初に聴いたのはジェミニアーニのヴァイオリンソナタでした。「ジェミニアーニって誰?」という人もいるでしょうがそれは置いといて(ジェミニアーニはイタリアバロックの作曲家で凄腕のヴァイオリニスト)、冒頭から何と物悲しい音色でしょうか。それでいてドイツ物のようには決してズブズブと重苦しくならない。小さな胸にちゃんと抱えられるだけの悲哀を大事に磨いたようなくすんだ輝きが備わっており、そこには光と闇の対比がしっかりと色付いています。この演奏だけで完璧に私の心は持って行かれました。
 そしてエリザベート王妃国際コンクールで錚々たるメンツの審査員団(オイストラフ、メニューイン、フランチェスカッティ、シゲティ、グリュミオーなど)を唸らせた、まさにそのパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番のライブ録音は圧巻です。「パガニーニの再来」と言われるのも納得の怪演で、もはや悪魔に魂を売ったと言われても信じてしまうレベルでしょう。天衣無縫に操られるテクニックに裏打ちされた、淀みのない音楽の運び。透明感あるノーブルな音色が、時にあちらこちらへ激しく駆け回ったかと思えば、ある所では濃度の高い連綿とした歌を聴かせる。洒落た表情を見せることもありまさに七変化、この演奏で初めてこの曲が面白く感じられました。第1楽章カデンツァなんて本当に開いた口が塞がりません。
 ヒルシュホルンの美質がとても良い具合にはまっているなと思わせるのが、1964年のエリザベートのピアノ部門で第3位に入賞したジャン=クロード・ファンデン・エインデンと合わせたルクーのヴァイオリンソナタト長調です。ヒルシュホルンの音は決して骨太とは言えませんが、細身ではあっても飴細工のように伸びやかでかつ芯のしっかりした音がルクーの高貴な抒情美の世界と触れ合う瞬間、この世で最も美しい音楽が花開くのです。これこそ「読んでる暇があったら聴いてくれ!」の筆頭にしてもいい演奏ですが、春のぼんやりとした朝方、小さな蕾がゆっくりと開いていく瞬間だとか、そこから零れ落ちる朝露の煌めき、それか静かな昼下がりの暖かいのにどこか侘しさを運んでくる風や、うたた寝に見るほのかに甘い夢など、聴けばそうしたイメージが泉の如く湧き出てきます。本当に「美しい」ってのはこういうことなんですよね、やっぱり……。
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