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第122回定期演奏会、特集その1

 京都大学音楽研究会の第122回定期演奏会があります。詳細は以下の通りです。

【日時】 6月3日(金) 開演18時30分(開場18時00分)
【会場】 京都府民ホール ALTI (http://www.alti.org/)
【入場料】 500円(当日券あり)

1. エチュード Op.10-6 変ホ短調 / ショパン
  ショパンのエチュードによる練習曲第13番 変ホ短調 Op.10-6より 左手のための / ゴドフスキー
  エチュード Op.10-12 ハ短調「革命」 / ショパン
  ショパンのエチュードによる練習曲第22番 嬰ハ短調 Op.10-12より 左手のための / ゴドフスキー
  ・・・・・・Pf.安岡佑樹(工・修1)

2. 無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 / イザイ
  『懐かしい土地の思い出』より 瞑想曲 / チャイコフスキー
  歌劇『はかなき人生』より スペイン舞曲 / ファリャ=クライスラー
  ・・・・・・Vn.西村希(工・2) Pf.佐藤馨(文・3)

3. 平均律クラヴィーア曲集第1巻第21番 変ロ長調 BWV866 / J.S.バッハ
  12の練習曲 Op.10-5 「黒鍵」 / ショパン
  バラード第3番 変イ長調 Op.47 / ショパン
  ・・・・・・Pf.長谷川聡一朗(工・修1)

4. Vier Doppelchörige Gesänge(4つの二重合唱曲)Op.141 より
  1. An die Sterne  2. Ungewisses Licht / シューマン
  ・・・・・・音楽研究会ハイマート合唱団

5. ピアノソナタ第3番 ヘ短調 Op.5 / ブラームス
  ・・・・・・Pf.下野宗大(総人・3)

 お時間よろしければ是非お越し下さい!

~~~~

 さて、定演特集は毎回立てている企画ということで、今回もどうぞお付き合いお願いします。
 ショパンの練習曲といえば、ピアノ学習者にとっては欠かせない大事な作品で、単なる手指のエクササイズとしてだけでなく演奏会の主要なレパートリーとしても頻出の最重要作品と言っても過言ではないかも知れません。ショパンの作った練習曲はピアノ演奏における高度な技巧と豊潤な音楽性が高い次元で融合した、それまでの練習曲とは一線を画す曲集です。これ以前は情緒に乏しく指の運動がメインのものが多かったですが、ショパン以後は高い音楽的内容を伴う小曲集とでも呼べるようなものに様変わりしたのです。実際、「練習曲」というタイトルも手指の技術ではなく音楽性を養う「練習」だという話もありますね。
 当時の社交界でショパンはピアニストとしてすでに知られていましたが、同じく持て囃されていた(主に女性から)のがフランツ・リストです。リストは初見で何でも弾きこなすことができたそうですが、このOp.10だけは初見で弾き果せることが出来ず、数週間ほどパリから雲隠れしてずっとこの曲集を練習していたという逸話があります。そしてパリに戻って来てショパンに弾いて聴かせたOp.10の出来栄えにショパンは感動し、「僕も自分のエチュードをリストみたいに弾きこなしてみたいものだ」と語ったそうです。Op.10はリストに献呈されています。
 リストの練習曲もショパンのそれと同じくらいに高度な技術と音楽性を要求するもので、やはりピアニストに欠くことの出来ない素晴らしい作品ですが、初期に書かれたものはあまり魅力的とは言えず、師匠であるツェルニーのそれからまだ脱し切れていません。よく演奏されるものはほとんどがショパンの練習曲が登場して以降のものであり、リストもいかにショパンの練習曲集に影響されたかが分かります。
 そして時は流れ19世紀終わり頃、このただでさえ難しい練習曲をもとにしてさらに難しい練習曲を53個も作ったトンデモ作曲家がゴドフスキーです。この人も作曲家兼ピアニストとして活動しており、ピアノ作品史上の難技巧が盛り込まれたものとなっています。しかしさすがにピアニストだけあって、その編曲は技術的に相当難しいながらもギリギリ合理的な仕上がりを見せています。また原曲にはない副旋律を入れたり、多声部的な処理を施したりと、その作曲家としての一級の腕前には目から鱗です。左手だけのための編曲が多いのも特徴で、時たま右手を故障した演奏家が取り上げているのを見掛けます。
 今回の定期演奏会では原曲とゴドフスキー編曲版とを聴き比べて、両者それぞれの魅力を発見・再発見してもらいたいと思います。そしてピアノという楽器の可能性にも改めて目を向けて頂けるのではないかと期待しているところです。

《私の好きな録音⑨》
 ショパンの練習曲は自分の中では必修科目的な意味合いが強かったので、そこまで好きという訳でもなかったのですが、こういうものに限って思いがけず素晴らしい録音に出会って曲の魅力を再認識させられて、それまでの自分の考えを悔い改めることになります。私にとってのそれは、バックハウスによる1928年の録音でした。ベートーヴェン弾きとしてのイメージばかりが先行していたせいで、「この人ショパンなんて弾くのか!」とアホみたいな文句がまず最初に出て来てしまったのですが、いざ聴いてみると技巧の冴えもさることながら、キリリと引き締まったリリカルな演奏に心の全てを持っていかれる思いでした。鼻に着くような「紋切り型ロマンチック」の演奏に飽き飽きしていたこともあって、バックハウスの描き出すストレートで整然としたショパン像に一層度肝を抜かれたのかも知れませんが、だからと言ってこの録音の価値は私にとって変わらずかけがえのないものです。活気のある曲では土台のしっかりした快刀乱麻の快演を見せる一方で、Op.10-3「別れの歌」やOp.10-6で見せる真摯で深々とした表現にはショパンの真情を覗き見るような独白を感じずにはいられません。
 バックハウスに出会うより前に好んで聴いていたのは、ペライアによる録音でした。非常に清冽なショパンといった印象で、甘美さが飽和することなく、また華やかさが視界を遮ることもなく、絶好の天気の下で心地良い小旅行を楽しんでいるような気分に浸りながら聴いていました。「天性のリリシスト」などと呼ばれることもあるようですが、ただ単にリリシズムに溢れるだけではなくて、曲全体を見通せるだけの抜群のバランス感覚という土壌があって初めて、このリリシズムが生きてくるんだということは聴く度に思うことです。ただ欲を言ってしまえば、曲によってはある種の突き抜けた表現や過剰なインプレッションを見せて欲しいと感じることが少なからずあります。この人は手の故障で一時は演奏活動から退いていたのですが、復帰後は故障中に熱心に研究していたバッハ作品に精力的に取り組み、一連の名高いバッハ録音を生み出しました。ゴールドベルク変奏曲とかブランデンブルク協奏曲第5番なんかは好きでよく聴いたものでした。ショパンの練習曲の録音も復帰後のものですが、ブランクがあったとは微塵も感じられない鮮やかな演奏であるのは本当に驚きです。
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【Ysaye】キタ━(゚∀゚)━!

v-22(*^_^*)ノオハー󾀀ですv-22


【Ysaye】&【Falla】=“好物”なんですけど(i-90)www

私の好きな作曲家さんの作品が“repertory”になってるので,
本当に行きたくてe-181震えます{{(>_<)}}

今年は難しそうやけど,来年は定期演奏会あったら絶対“参戦”するので,
その時はまた連絡させて頂きますv-291v-345
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