スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第121回定演特集 ~その5~

 ラフマニノフは作曲家としてもピアニストとしても多大な名声を勝ち得た人として、リストと並び称される存在です。2mを超す長身に、12度を押さえることができたという大きな手、驚異的な指の柔軟性を併せ持ったラフマニノフは、まさにピアノを弾くために生まれてきた人間と言っても間違いでなく、見た目にも圧倒的な存在感を放っていたことでしょう。現在では知らぬ人はいないと言っても過言ではない作曲家で、様々な場面で彼の音楽を耳にする機会がありますが、そのロマン派の流れを汲んだ濃厚な世界観は存命当時の前衛的な風潮とは相容れないものであり、時として保守的で時代遅れと揶揄されることもあったようです。確かに、同じ時代を生きたプロコフィエフなんかと比べてしまうと正反対な傾向を示していますし、ロシア以外でも先鋭的な作風を持った作曲家が多く活躍していたことを考えると、チャイコフスキー直系とも言えるロマンチシズムが凝縮されたような音楽は前時代的とのレッテルを逃れ得なかったかも知れません。しかしながら、今の時代にこうして広く聴かれておりまた熱烈な愛好家も沢山いることからして、そうした批判はラフマニノフの音楽のただ一側面を切り取ったものに過ぎなかったということがお分かり頂けるでしょう。
 自身が大変なピアニストだったので、もちろんピアノ曲は数が多く、その中には人気も評価も高いものがいくつも含まれています。『前奏曲 嬰ハ短調 "鐘"』然り、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』然り。ピアノを学ぶ人間なら一度は憧れて弾いてみたくなるような曲ばかりです。しかしラフマニノフの室内楽というと、どうでしょう?あまりイメージがないかも知れませんが、少ないながらも作品が残されています。中でも『ピアノ三重奏曲 第2番 ニ短調 "悲しみの三重奏曲"』は、崇拝していた大音楽家チャイコフスキーの訃報に接したラフマニノフが故人の思い出に捧げた作品として有名なものです。
 『チェロ・ソナタ ト短調 Op.19』は、彼の室内楽作品の中では上記の『ピアノ三重奏曲』と並んでよく演奏されるもので、古今のチェリストが好んで取り上げる重要なレパートリーでもあります。この曲はかの有名な『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18』が作曲され大成功を収めたすぐ後に着手され、作品番号も隣り合っており、その影響なのか両者にはどこか似通った音楽的性質が認められるように思います。心に直に訴えてくるようなうねり節、どこまでも息の長い旋律線、そしてこれは特に緩徐楽章に顕著ですが、恍惚に浸るような溢れんばかりのロマン!これをロマンと言わずして何と言うのか!
 ラフマニノフに限らず、メンデルスゾーンやショパンにも言えることですが、他の楽器のためのソナタのはずなのに、ピアノパートがやたらと難しいです。ピアノ独奏曲でもないのに、もはやそれよりも難技巧。ピアニストとして活躍していた人がピアノ付きの室内楽に取り組むと、どうやらピアノパートがかなり大変な業に取り組まねばならなくなるみたいです。そう言えばラヴェルも……!
 チェロという楽器は人間の声に最も近い楽器だとか聞いたことがあります。巷では「憂い顔の騎士」とか呼ばれているそうな。ある人がラフマニノフに「どうしてヴァイオリンのソナタを作らないんだ?」と聞いたところ、彼は「もうチェロのために作ったから、ヴァイオリンは必要ない」と答えたそうです。ラフマニノフがチェロに示した愛着を物語るエピソードではないでしょうか。ラフマニノフがこの曲を最後に室内楽曲を作らなかったのは少し残念な気もしますが、本人としては、チェロのためにソナタを作ったんだからもう満足だったのかも知れませんね。

《今日の1曲 ~第25回~》
『グルックの「メッカの巡礼」の"われら愚かな民の思うは"による10の変奏曲 ト長調 K.455 / モーツァルト』

 変奏曲はタイトルが長くなりますね。特にモーツァルトの時代の変奏曲というのは、即興演奏から派生したジャンルと見られる部分が強く、与えられたあるテーマを即興で鮮やかに華麗に変奏してみせるのが当時の演奏家にとっては当然の技能の一つでした。即興ではなくちゃんと譜面に書き起こす場合でも、そうした装飾を施した華やかな曲としての性格は保たれたままで作られることも多く、モーツァルトの変奏曲も装飾変奏としての性格を持ったものが多くあります。ここからベートーヴェン以後は、「変奏曲」というジャンルが作曲家にとっての大きな柱の1つとして認識されるようになり、その流れは特にドイツ音楽に顕著に見られます。より複雑に、精密に、芸術的深みを伴った作品が生まれていきます。
 さて、今回のこの曲はまだ華やかさが表に出ている時代の作品です。タイトルにあるように、同時代のグルックという作曲家による『メッカの巡礼』という歌劇の中から"われら愚かな民の思うは"というアリエッタを主題にして、続いて10の変奏が展開されていきます。穏やかになったり、短調に転調したり、聴く側を飽きさせない仕掛けが随所に施されており、十分に聴き応えのある曲に仕上がっています。終盤にカデンツァが設けられていることからも、この曲がどのような性格を意図しているのかが察せられるところです。
 グルックは歌劇『オルフェオとエウリディーチェ』によって現在まで広く名をとどめていますが、モーツァルトとも親交が深かったらしく、モーツァルトの演奏会にはよく足を運んでいたようです。グルックは年若いモーツァルトを可愛がり、モーツァルトも長老グルックに対して敬意を持っていました。モーツァルトの書簡には、グルックが演奏会に顔を出した折に、彼への敬意を表するために『メッカの巡礼』から主題を取って変奏曲を披露したとの記述があるので、恐らくはその際の即興演奏を楽譜に書き起こしたものがこのK.455になるのでしょう。こうした素敵な曲が生まれるに至った2人の大音楽家の親交には感謝しなければ。

『グルックの「メッカの巡礼」の"われら愚かな民の思うは"による10の変奏曲 ト長調 K.455 / モーツァルト』
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。