スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

定演特集 ~その6~

定演特集もついに6回目。最後はベートーヴェン、締めにふさわしい作曲家ですね。
ベートーヴェンといえば、古典派最大の巨匠にしてロマン派音楽の扉を叩いた先駆者というイメージでしょうか。語り尽くされているだけ、私も特に言うことがありません。
ウィーン古典派三羽烏とはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを指して言うものですが、前2人と比べてベートーヴェンの作品はスケールという面で明らかな違いがあります。ピアノソナタだけを取っても、ハイドンやモーツァルトのソナタと比べて規模や構成、更には内容の点でもベートーヴェンのそれは群を抜いています。もちろんハイドンとモーツァルトより後の世代に生まれて、彼らの作り上げたものをベートーヴェンがより発展させた結果ですから当然なのですが、それにしてもこの隔絶は認めざるを得ないと思います。
彼がロマン派音楽の扉を叩いたというのは、言い換えれば、それまでの古典派的音楽から脱したという意味になります。当時の文化潮流としてはロマン派と呼ばれる流れがすでに文学の方面では存在していた訳で、ベートーヴェンがそれに感化されただろうというのは一つの側面として重要なことです。もう一つは、ベートーヴェンはそれまでの音楽家のように宮廷や貴族お抱えの作曲家ではなく、また確固たるパトロンがいた訳ではないということです(間違ってたらごめんなさい)。ハイドンやモーツァルトがしばしば、仕えている貴族や教会や宮廷の意向に沿った作品を求められ、当時の風潮にあった音楽を作る必要があったのに対して、ベートーヴェンは他人に媚を売る必要があまりなかったということも同じく重要なことだと思われます。そのおかげで彼はウケを狙わずに、自分のやりたいこと、表現したいものを率直に音楽に表し、あまりに内面的過ぎて理解されないようなものでも生み出せたのではないでしょうか。ここから先の時代、音楽家が誰かに仕えて作曲をするというのは逆に少なくなっていきます。フリーランスの登場です。
ロマン派という文学の流れ。フリーランスの誕生。これらを合わせて考えるとベートーヴェンの登場は時代の要請だったとも捉えられるように思います。彼の音楽にハイドン、モーツァルトといった巨匠達との明らかな違いを見出せるのも、こうしたことが原因になっているのでしょう。
ベートーヴェンの創作は他の作曲家と同様に「前期、中期、後期」に区分することができ、このピアノソナタ第28番は後期の初め頃の作品です。初期のものに比べれば、非常にリリカルで色彩的な音楽であることは一目瞭然でしょう。後期に属するピアノソナタはこの第28番から最後の第32番までの5曲ですが、5曲全てにフーガが取り入れられています。彼が創作の晩年に恐らくはバッハへと回帰しつつ新たな時代への道を示したということは、音楽史的にとても印象的な事実に思えてなりません。

〈今日の1曲〉
『ピアノソナタ ロ短調 / リスト』

このコーナー始まって以来の有名曲ですね。そもそもが私の好みで曲を選んでいるので、ばらつきはあるものと思っているのですが、それにしてもマイナーとメジャーの中間あたりを狙ってばかりの選曲は明らかに作為的ですね。という訳で今回は思い切って、かの有名なリストのロ短調ソナタです。
ピアノ曲の多いリストですが、意外なことにソナタはこの一曲のみしか残していません。しかもこのソナタが単一楽章によるソナタという変わり種です。いくつかの楽章を切れ目なしに演奏させるという手法がシューベルトの"さすらい人幻想曲"に影響を受けたという話はよく知られていると思います。リスト自身はピアノ協奏曲や《ダンテを読んで》などで主題の循環やソナタ形式の圧縮の試みをしており、そうした試行錯誤の末に、満を持して「ソナタ」と銘打たれて世に出されたのがこの曲ということです。
一般的な四楽章構成を一つに圧縮してしまったというだけあって、切れ目ない一曲としての演奏時間は長めですが、難しい背景を抜きにしてもこの曲は音楽史上の金字塔だと思います。個人的には緩徐楽章にあたる部分が好きです。リストが書く静かでゆったりとした音楽を聴くと毎回思うことなのですが、彼は天国を実際に見てきたんじゃないでしょうか。そうでなければ、あれほど心に迫ってくる凄絶な美しさを音で描き出すことなど出来ないと思います。

『ピアノソナタ ロ短調 / リスト』
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。