スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本当にお久しぶりです

 長らくブログの更新が途絶えていました。やらなきゃとは思っていたのですが、一度「まあ今日は忙しいし、明日にでも……」などと考えてしまうと、もうだめですね。ほとんど忘れたに近い状態だったのを、ようやく数か月ぶりに新しく記事を書いている訳です。仕事は後回しにするとどんどん手がつかなくなる、なるほど。

 器楽部は現在何をしているかというと、NFと定期演奏会に向けて着々と準備を進めているところです。京大のNF(11月祭)期間中には、毎年のことですが、吉田南構内の共東棟の一室でミニコンサートを開きます。2日間です。まだ出演者募集中なので詳細はお伝えできませんが、ピアノはもちろん、色々な楽器のアンサンブルも楽しんで頂けると思います。京大の11月祭にお越しの際はぜひ器楽部のミニコンサートも覗いてみて下さい。
 そして器楽部のメインイベントとなる定期演奏会、今度は12月16日(金)の開催となっています。以下にプログラムを記載しておきますが、定演については後日、また記事を改めて紹介したいと思います。

〈プログラム〉

佐藤馨.Pf (文・3)
 J.S.バッハ=ブゾーニ / コラール前奏曲『来たれ、異教徒の救い主よ』BWV659
 J.S.バッハ / トッカータ ホ短調 BWV914
 ショパン / 舟歌 嬰ヘ長調 Op.60

橋本莉沙.Va (法・3) 松永修.Pf (総人・3)
 シューベルト / アルペジョーネソナタ イ短調 D821

谷口直也.Pf (文・4)
 ベートーヴェン / ピアノソナタ第23番 ヘ短調 Op.57 『熱情』

皆川真澄.Pf (農・修1)
 ベートーヴェン / ピアノソナタ第30番 ホ長調 Op.109

谷川俊介.Pf (理・修2)
 デュティユー / ピアノソナタ

 バッハからデュティユーまで、バロックから現代に至る幅広いプログラムとなりました。また、シューベルトのアルペジョーネソナタはチェロで演奏されることの多い曲ですが、今回はヴィオラということで、これもまた面白く聴くことができると思います。

《私の好きな録音⑭ ~アルフレッド・コルトー~》
 今よりもまだ小さい頃、私にとってコルトーは専らリパッティに関する文脈の中で現れる人でした。当時の私はリパッティが音楽界の神様だと信じて疑わなかった(それは今も変わらない)ので、コルトーの名前を目にしても特に興味を惹かれることはありませんでしたし、聴いてみようかなと思うこともありませんでした。ほとんど小説のページの隅っこにインクの染みを見つけたくらいにしか感じていなかったのです。そして、これはよく世の評論家の文章に見掛けることですが、リパッティの清廉さに対比させる形でコルトーの持ち味が語られていることが多かったのも、当時の私に先入見を与えたのだと思います。だいぶ経ってからいざ聴いてみたら、それは確かにリパッティの清らかな詩人のような弾き方とは違う、評論家の言葉もむべなるかなと思われる弾き方でした。多分ショパンの何かしらを聴いたはずですが、とにかくそれ以来、長らくコルトーの演奏に耳を傾けることはありませんでした。正直なところ、「ショパンに関してはリパッティ以外は要らぬ」とか思ってたのかも知れませんね。
 まあ、そんな理由から彼の演奏を聴くことはあまりなかった訳ですが、ある時にふと、シューマンの『詩人の恋』を演奏者を知らされぬまま聴いたことがありました。歌手の滑らかな歌い口もさることながら、伴奏者のなんとまあ美しい演奏か。よく知られているように、シューマンの歌曲はピアノの比重が高く、歌手だけでなく伴奏者の質も演奏全体の出来に深く影響するのですが、その演奏は歌を覆い潰すこともなければ引っ込み過ぎることもなく、作品の世界に非常によく溶け込んでいる驚異的とも思われるものだったのです。誰が弾いているか、それこそがアルフレッド・コルトーでした。ショパンばっかり弾いている人だと思ったら、『詩人の恋』の伴奏だということにまず驚き、それから昔は耳に馴染まなかったルバート具合が今では好ましく感じることに驚きました。やっぱり年齢で演奏の好みって変わるんですね。
 以来、それまで抱いていた勝手なイメージが消え、一転してコルトーはお気に入りのピアニストになりました。しかしそこにはちょっとした持論があって、コルトーは実はドイツ物の方が魅力的なのではないかと思っています。とはいえ、彼が残した録音にはシューマンを置いて他にはドイツ作品は多いとは言えません。バッハやベートーヴェンは数える程度にしか残っていないのです、残念。しかし例えば、ベートーヴェンの『大公』は有名なカザルス・トリオ(ヴァイオリンがティボー、チェロがカザルス、ピアノがコルトー)での演奏ですが、ここまでベートーヴェンの偉大な精神に迫ることのできた演奏が一体いくつあることでしょうか。もちろん三重奏曲なので、コルトーのみでこの録音の価値を語ることは出来ませんが、しかし第1楽章を先導する貫禄あるピアノの風格や第3楽章の主題提示部に聴こえるどっしりとしていながら穏やかで深みのある音は、ベートーヴェン弾きとしての彼の資質を十分に示しているでしょう。この音で第32番の録音が残っていたならどんなに幸せだろう。
 シューマンはショパンと並んで彼のピアノ演奏の中核をなすレパートリーと言っていいはずです。現代の耳からすればコルトーが弾くシューマンは危なっかしくて聴いていられないかも分かりませんが、不安定で予測を嫌う特有のムラみたいなものがあって、初めてシューマンの幻想と夢想が色濃く立ち上がってくるのだと思いますし、その点でコルトーはそれをよく理解して(いや直感して)います。『子どもの情景』はシューマンが子どもへの眼差しを音に託したものであると同時に、シューマン自身の夢想の結実である私は思っているのですが、コルトーは単なる純粋無垢な子どもの物語ではなく、フロレスタンとオイゼビウスの二面性やむしろ憧れのようなものを紡いでいるように聴こえてきます。最後に登場する「詩人」が一体誰なのか、というのは私にとってこの作品で一番大きな問題です。
 そして最終的にショパンへと巡り帰ってくるとすれば、私がオススメしたいのは『ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調』です。一般的に知られているものはバルビローリ指揮の録音ですが、ここに紹介しておくものはウィレム・メンゲルベルクというこれまた私の好きな指揮者とのライブ録音です。この演奏を聴くにつけて、「ああやはり彼はショパン弾きなのだな」と改めて実感してしまいます。ミスタッチは数え上げればキリがないし、指回ってないし、オケとずれてるところも多々。しかしそんなことは甚だしくどうでも良い。ショパンのリリシズム、優美かつ切ない歌い回し、軽やかで輝かしい飛翔……言葉で挙げていたらとても追いつかない。音楽の最も偉大な時間がここにあったんだという、それだけを事実として、じっくり耳を傾けて欲しいと思います。
スポンサーサイト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。