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第121回定期演奏会、無事終了

 定演終了ということで、今回もつつがなくプログラムを終えることができました。来場して下さった皆様には感謝しかありません。アンケートに答えて下さった方も多く、内容を読みよく反省して、今後の定期演奏会の発展に役立てていきたいです。私個人としても、頂いたコメントを糧にして、より良い音楽を奏でられるようにしていきたいと思っています。
 今回のプログラムは、ベートーヴェンやショパンといった演奏会でお馴染みの作品がなく、わりかし渋いものが並びました。リストやラフマニノフでも馴染みの薄い曲でしたし、グリーグやフランクはそもそも派手さのない作曲家、クレストンに至っては作品はおろか名前すら知らなかった人も多かったのではないかと思います。それにもかかわらず、じっくりと耳を傾けて聴いて下さったお客様がたくさんいたというのは、この上なく幸せなことです。演奏する側としても、そうして聴いてくれる人達がいることを胸に刻んで、音楽の名に恥じないよう益々精進していく思いです。
 次回の定期演奏会は、恐らく来年の6月になると思います。今後とも京大音研器楽部をよろしくお願いいたします。

《今日の1曲 ~第26回~》
『組曲 第4番 Op.61 "モーツァルティアーナ" / チャイコフスキー』

 「前回紹介した曲が、モーツァルトの"メッカの巡礼"変奏曲だったじゃないですか?」まで言って合点が行く人は、結構な物知りの方だと思います。チャイコフスキーといえば6曲の交響曲に多数のバレエ音楽、ヴァイオリン協奏曲にピアノ協奏曲など、クラシック音楽を語る上で欠かせない作品を生み出しています。それらと比べてしまえばこの曲はさほど有名ではありませんが、チャイコフスキーの魅力的な世界を語るにはうってつけの作品です。
 作曲されたのがちょうど交響曲第4番と第5番の間の時期で、この間の10年はチャイコフスキーにとってまさに"危機の年"でした。結婚はしたものの相手となかなか折り合いが悪く、これが原因で果てはモスクワ川に投身自殺を図る程精神的に追い詰められていました。また、創作上のスランプに陥っていたとも言われ、4つ目の交響曲を書き終えてからずっと大作に取り掛かることはなく、それでもまるでリハビリのように小規模な管弦楽曲を量産しています。『組曲』と銘打たれた4つの作品は全てこの時期に生まれたものです。
 『組曲第4番』は全4曲から成り、それぞれがモーツァルトの作品をチャイコフスキーが管弦楽用に編曲したものです。チャイコフスキーはモーツァルトを敬愛しており、『弦楽セレナーデ ハ長調』もモーツァルトの音楽への思慕から作曲されています。モーツァルトの編曲で曲を作るという構想は長年温めていたもののようで、他作品の管弦楽への編曲で手腕を発揮する彼らしく、モーツァルトの原曲に新たな魅力を添えるような美しい作品に仕上がっています。第1曲は「小さなジーグ K.574」、第2曲は「メヌエット K.355」、第3曲は「アヴェ・ヴェルム・コルプス K618」をかのリストがピアノ用に編曲したものを更に管弦楽用に編曲し直していて、最後の第4曲では「"メッカの巡礼"変奏曲」を管弦楽に編曲しています。

『組曲 第4番 Op.61 "モーツァルティアーナ" / チャイコフスキー』
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第121回定演特集 ~その5~

 ラフマニノフは作曲家としてもピアニストとしても多大な名声を勝ち得た人として、リストと並び称される存在です。2mを超す長身に、12度を押さえることができたという大きな手、驚異的な指の柔軟性を併せ持ったラフマニノフは、まさにピアノを弾くために生まれてきた人間と言っても間違いでなく、見た目にも圧倒的な存在感を放っていたことでしょう。現在では知らぬ人はいないと言っても過言ではない作曲家で、様々な場面で彼の音楽を耳にする機会がありますが、そのロマン派の流れを汲んだ濃厚な世界観は存命当時の前衛的な風潮とは相容れないものであり、時として保守的で時代遅れと揶揄されることもあったようです。確かに、同じ時代を生きたプロコフィエフなんかと比べてしまうと正反対な傾向を示していますし、ロシア以外でも先鋭的な作風を持った作曲家が多く活躍していたことを考えると、チャイコフスキー直系とも言えるロマンチシズムが凝縮されたような音楽は前時代的とのレッテルを逃れ得なかったかも知れません。しかしながら、今の時代にこうして広く聴かれておりまた熱烈な愛好家も沢山いることからして、そうした批判はラフマニノフの音楽のただ一側面を切り取ったものに過ぎなかったということがお分かり頂けるでしょう。
 自身が大変なピアニストだったので、もちろんピアノ曲は数が多く、その中には人気も評価も高いものがいくつも含まれています。『前奏曲 嬰ハ短調 "鐘"』然り、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』然り。ピアノを学ぶ人間なら一度は憧れて弾いてみたくなるような曲ばかりです。しかしラフマニノフの室内楽というと、どうでしょう?あまりイメージがないかも知れませんが、少ないながらも作品が残されています。中でも『ピアノ三重奏曲 第2番 ニ短調 "悲しみの三重奏曲"』は、崇拝していた大音楽家チャイコフスキーの訃報に接したラフマニノフが故人の思い出に捧げた作品として有名なものです。
 『チェロ・ソナタ ト短調 Op.19』は、彼の室内楽作品の中では上記の『ピアノ三重奏曲』と並んでよく演奏されるもので、古今のチェリストが好んで取り上げる重要なレパートリーでもあります。この曲はかの有名な『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18』が作曲され大成功を収めたすぐ後に着手され、作品番号も隣り合っており、その影響なのか両者にはどこか似通った音楽的性質が認められるように思います。心に直に訴えてくるようなうねり節、どこまでも息の長い旋律線、そしてこれは特に緩徐楽章に顕著ですが、恍惚に浸るような溢れんばかりのロマン!これをロマンと言わずして何と言うのか!
 ラフマニノフに限らず、メンデルスゾーンやショパンにも言えることですが、他の楽器のためのソナタのはずなのに、ピアノパートがやたらと難しいです。ピアノ独奏曲でもないのに、もはやそれよりも難技巧。ピアニストとして活躍していた人がピアノ付きの室内楽に取り組むと、どうやらピアノパートがかなり大変な業に取り組まねばならなくなるみたいです。そう言えばラヴェルも……!
 チェロという楽器は人間の声に最も近い楽器だとか聞いたことがあります。巷では「憂い顔の騎士」とか呼ばれているそうな。ある人がラフマニノフに「どうしてヴァイオリンのソナタを作らないんだ?」と聞いたところ、彼は「もうチェロのために作ったから、ヴァイオリンは必要ない」と答えたそうです。ラフマニノフがチェロに示した愛着を物語るエピソードではないでしょうか。ラフマニノフがこの曲を最後に室内楽曲を作らなかったのは少し残念な気もしますが、本人としては、チェロのためにソナタを作ったんだからもう満足だったのかも知れませんね。

《今日の1曲 ~第25回~》
『グルックの「メッカの巡礼」の"われら愚かな民の思うは"による10の変奏曲 ト長調 K.455 / モーツァルト』

 変奏曲はタイトルが長くなりますね。特にモーツァルトの時代の変奏曲というのは、即興演奏から派生したジャンルと見られる部分が強く、与えられたあるテーマを即興で鮮やかに華麗に変奏してみせるのが当時の演奏家にとっては当然の技能の一つでした。即興ではなくちゃんと譜面に書き起こす場合でも、そうした装飾を施した華やかな曲としての性格は保たれたままで作られることも多く、モーツァルトの変奏曲も装飾変奏としての性格を持ったものが多くあります。ここからベートーヴェン以後は、「変奏曲」というジャンルが作曲家にとっての大きな柱の1つとして認識されるようになり、その流れは特にドイツ音楽に顕著に見られます。より複雑に、精密に、芸術的深みを伴った作品が生まれていきます。
 さて、今回のこの曲はまだ華やかさが表に出ている時代の作品です。タイトルにあるように、同時代のグルックという作曲家による『メッカの巡礼』という歌劇の中から"われら愚かな民の思うは"というアリエッタを主題にして、続いて10の変奏が展開されていきます。穏やかになったり、短調に転調したり、聴く側を飽きさせない仕掛けが随所に施されており、十分に聴き応えのある曲に仕上がっています。終盤にカデンツァが設けられていることからも、この曲がどのような性格を意図しているのかが察せられるところです。
 グルックは歌劇『オルフェオとエウリディーチェ』によって現在まで広く名をとどめていますが、モーツァルトとも親交が深かったらしく、モーツァルトの演奏会にはよく足を運んでいたようです。グルックは年若いモーツァルトを可愛がり、モーツァルトも長老グルックに対して敬意を持っていました。モーツァルトの書簡には、グルックが演奏会に顔を出した折に、彼への敬意を表するために『メッカの巡礼』から主題を取って変奏曲を披露したとの記述があるので、恐らくはその際の即興演奏を楽譜に書き起こしたものがこのK.455になるのでしょう。こうした素敵な曲が生まれるに至った2人の大音楽家の親交には感謝しなければ。

『グルックの「メッカの巡礼」の"われら愚かな民の思うは"による10の変奏曲 ト長調 K.455 / モーツァルト』

第121回定演特集 ~その4~

 フランクといえば『ヴァイオリン・ソナタ』一強みたいなとこがありますが、他にも『交響曲 ニ短調』とか『交響的変奏曲』とか、『ピアノ五重奏曲 ヘ短調』も素晴らしい作品ですね。これらの傑作群が彼の後半生に出てくるものだから、フランクは大器晩成型の音楽家だと思ってしまいがちなのですが、実際のところは幼少期から音楽の天分に恵まれた早熟の天才音楽家でした。
 しかしこの話は案外知れているような気もします。
 いわゆる代表作として認知されているものをいろいろ聴いてみても分かることなのですが、彼の音楽は一般大衆にすんなりと受け入れられるような明快なものではなく、むしろ晦渋で玄人好みな部分もあって時に難解なものです。若くして父親の方針に従い、リストのようなスターピアニストへの道を歩いていた頃は、生み出される作品にも華麗で装飾的な音楽が聴こえましたが、道半ばでその方針を捨ててより地道な活動へと進んでいったことからも分かる通り、そのような派手で華々しい生き方も音楽もフランク本来の性分ではなかったのです。
 その後の彼は後進の育成に注力し、門下生にはショーソン、ルクーやダンディなどが名を連ねていますが、彼らは後に来る印象主義音楽と対比されることが多いようです。確かに、フランク一派の音楽とドビュッシーの音楽は、類似点よりも相違点の方が多く感じられます。フランクは教会オルガニストとしても評価を得るようになり、40歳を前にして就いたサント=クロチルド教会のオルガニストの職には終生留まり続けました。彼の即興演奏を聴くために礼拝やミサに人が多く訪れるようになり、また自作曲や他の作曲家の作品を紹介する音楽会も開いたようです。こうした諸々の活動によって、最終的にフランクはフランス音楽界の重鎮として目されるようになりました。ピアニストとして道を歩み続けていたら、このような名声を得られていたかどうかは怪しいものです。
 今回演奏される『プレリュード、コラールとフーガ』は、後期のいわゆる傑作群の中の一作品です。若い時分にピアノ曲を作って以来、彼はこの分野には全くと言っていい程に興味を示さず、ほぼ40年間は(『人形の嘆き』を除いては)ピアノ独奏曲を作っていませんでした。しかし、彼の記念すべきOp.1である『ピアノ三重奏曲』が蘇演されたのに立ち合い、久々にピアノという楽器に対する興味が湧いたようで、立て続けにピアノ音楽を世に送り出します。この曲は名前の通り、プレリュード/コラール/フーガという3つの部分に分かれていますが、それぞれは切れ目なく演奏されるので実質的には休みなく20分を要する曲となっています。
 フランクの音楽に顕著な特徴と言えば循環形式で、この曲にも例に漏れず主題の循環が見られます。長いフーガが最も高揚して頂点を作り上げると、突如としてプレリュードのような走句と共にコーダが始まり、次第に熱が収まっていくと16分音符の静かな波の中からコラールの深遠な主題が浮かび上がってきます。そしてまた徐々に音楽が盛り上がってきて、ffで力強くコラール主題が奏される裏側で、今度はフーガの半音階的な主題が覆いかぶさるように鳴り響きます。ですから、このコーダでは3つの部分が循環して、しかも同時に鳴り響いている訳ですね。人間の手は2本しか生えてないというのに、随分と無体なことをやらせるものです。
 「今回はやけに詳しく書くなあ?」と思っているかも分かりませんが、それもそのはず。この『プレリュード、コラールとフーガ』を弾くのが自分だからです……。大変な曲に挑戦してしまったものだなあ、と今書きながら改めて実感しているところです。しかしまあ、大変な名曲には変わりないので、これまでフランクと言えば『ヴァイオリン・ソナタ』しかご存知なかった人にも、この曲で彼の別の側面を聴いて頂ければいいなと思っております。

《今日の1曲 ~第24回~》
『コンセール形式によるクラヴサン曲集 第5集 / ラモー』

 ジャン・フィリップ・ラモーはフランスの人でバッハと同時代の音楽家です。和声とか調性というものを最初に体系化させた人としても有名で、彼の書いた『和声論』は近代和声理論の確立に大きく貢献しました。『クラヴサン曲集』というチェンバロ独奏用の曲集はピアノでも弾かれることが多く、知っている人も多いように思います。彼が当時最も力を注いだのは劇音楽であり、オペラ作曲家としての名声が高かったらしいのですが、それらは現在では再演の機会を待つものが多いようです。しかし、最近になって色々なオペラ作品が段々と舞台で取り上げられるようになってきたのはとても喜ばしいことだと思います。
 今回の『コンセールの形式によるクラヴサン曲集』は全部で5集から成り、ヴァイオリンまたはフルート、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロという編成です。こうした編成だとトリオ・ソナタかと思ってしまいますが、名前にある通りコンセール(=協奏もしくは合奏)形式によっていて、チェンバロを1つのソロパートとして据えて他の楽器と協奏させる形を取っています。それなので、鍵盤楽器が通奏低音として扱われるトリオ・ソナタなどとは違い、ここではチェンバロ譜も独奏用と同じく両手がちゃんと記譜されています。
 この時代のフランス音楽によく見られるのですが、この曲集にも各曲に標題的なタイトルが与えられています。今回紹介する第5集では第1曲「フォルクレ(作曲家)」、第2曲「キュピ(人名)」、第3曲「マレ(作曲家)」というようなタイトルが冠せられています。クープランの様々な曲にも同じく象徴的なタイトルが付けられているので、当時のフランス人の機知というか精神というか、気質が感じられて面白いですね。

『コンセール形式によるクラヴサン曲集 第5集 / ラモー』

第121回定演特集 ~その3~

 サクソフォーンはピアノやヴァイオリンなどのクラシック一般でよく目にする楽器たちよりも誕生年代がかなり新しい楽器です。1840年代になってようやく登場しました。そんな訳で無論、サクソフォーンを扱った曲を作るのもわりと新しめの作曲家たち、少なくともサクソフォーン誕生と同時期を生きた作曲家たちに任されることになったのです。しかしどちらかと言えば、ポピュラー音楽やジャズの分野で活躍することが多く、クラシック音楽の範疇ではまだまだメジャーな存在とは言えないかも知れませんが、サクソフォーンのための作品でもミヨー作曲の『スカラムーシュ』は認知度の高い曲なのではないでしょうか。少し詳しくなると、モーリスの『プロヴァンスの風景』やグラズノフの『サクソフォーン協奏曲』なんかも知っていたりして。
 ポール・クレストンによる『サクソフォーン・ソナタ』は、この楽器のために書かれたソロ作品の中でも名作の呼び声高い一曲です。サクソフォーン曲というのも探してみると、わりとフランス系の作曲家(前述のミヨーやモーリスもフランス人)による作品が多いのですが、クレストンはイタリア系のアメリカ人で、知っている人からすると曲の中身も聴き慣れたものよりは多少毛色の違う作品となるのでしょう。
 この曲は急-緩-急の3楽章構成になっています。第1楽章は冒頭から威勢の良い調子で始まり、その推進力は衰えることなく音楽を最後まで導くと楽章を堂々と閉じます。続く第2楽章は一転して穏やかな雰囲気の中に、透明感あふれる美しいメロディーが歌われる楽章。途中高揚して大きなクライマックスを迎えた後、再び元の夢見るような静けさのうちに終わります。最後の第3楽章は最大の見せ場と言ってもいい、サクソフォーンとピアノが両者ともに目まぐるしく動き回る無窮動風の楽章です。名作という評判を裏切らない、まさに一級品です。
 サクソフォーンは表現力が豊かでかつダイナミックレンジが広く響きの豊かな楽器です。このように性能の高い楽器にも関わらず作品がなかなかクラシック音楽界で浸透しないのも、単に時間の問題と片付けることも出来ましょうが、しかし現在まで生み出されている曲の中にも十分に一聴に値する作品はたくさんあると思います。
 それに、オリジナルの作品に限らず、編曲作品でもサクソフォーンは高いポテンシャルを発揮します。シューマンの『アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70』という元々はホルンの曲がありますが、自分が聞いた中で最高の演奏はサクソフォーンとピアノによる演奏です。案外どんな曲でも、その曲の持ち味を崩すことなく、なおかつサクソフォーン自体の個性もとどめながら演奏することが可能なのだと思っています。
 今回のクレストンをはじめとして、より多くの人がクラシックサックスの世界に耳を傾けるようになってくれれば嬉しいです。

《今日の1曲 ~第23回~》
『ファジイバード・ソナタ Op.44 / 吉松隆』

 サックス繋がりで紹介まで。私が中学生の時に偶然聴いたのが、このサックスのための変な名前のソナタです。作曲者の吉松隆さんは、大河ドラマ「平清盛」でも音楽を担当していたので、名前をご存知の方も多いのではないでしょうか。吉松さんの作品には鳥の名前を冠したものが多く、例えばフルートのための『サイバーバード協奏曲』や弦楽合奏とピアノのための『朱鷺によせる哀歌』がそうです。他にも星に関係ある名前が付いた曲も多いですね。
 聴いてみれば分かりますが、この曲、すっごいカッコイイです。ノリがすごく気持ち良い。見せ場も満載で、サックスの機能を余さず使いこなしている感じがします。しかしまあ、実際に演奏するとなったら死ぬほど難しいんでしょうね……。ピアノも一筋縄じゃ弾けそうにないですし、その上お互いにアンサンブルしなきゃいけない訳ですから、相当手のうちに入れてからじゃないとろくな事にはならなさそうです。

『ファジイバード・ソナタ Op.44 / 吉松隆』

第121回定演特集 ~その2~

 ピアニストにとってリストという作曲家は意義深い存在です。ショパンと共にピアノの技術的側面を押し広げた人であり、とりわけ超絶技巧とも言われる絢爛豪華なテクニックをそのまま応用した彼のピアノ作品が後世のピアノ曲に与えた影響は計り知れません。リスト以前と以後では、ピアノ曲演奏に必要となるテクニックが変質しているのがよく分かります。また彼の輝かしい演奏スタイルとコンサート活動は、その後のピアニストの在り方そのものを大きく変えたと言っても過言ではないでしょう。ピアニストが本番に暗譜をして弾くようになったのも、彼が楽譜を見ずに演奏していたのを、クララ・シューマンが真似して演奏会をし始めたからだと何とか……。
 しかしリストが作曲家としても非常に野心的だったことは、見過ごせない事実です。最も顕著な例は、多楽章構成の曲を切れ目なく連続して繋ぎ合わせる手法であり、ただ単純に楽章間をアタッカさせるのではなく、ある主題を幾様にも変容させ展開させ循環させることで、全体としての統一感を作り出しています。2つのピアノ協奏曲やソナタ風幻想曲《ダンテを読んで》などで練り上げられたこの手法は、遂に彼の至極の大曲である「ピアノソナタ ロ短調」に結実することになります。
 「スケルツォとマーチ」は彼がこの循環手法を研究する一環として生み出された作品と考えられており、曲全体が少ない動機によって統一されていて、なおかつ構成的にはソナタ形式に近い形を取っています。演奏にとても高度な技術を要する曲のため、当時はリストの弟子であったハンス・フォン・ビューローしか弾きこなせる者がいなかったという逸話が残っており、そんな理由から現在でもあまり弾かれることのない云わば"隠れた名曲"です。
 リストは非常に多作な人で、現在レパートリーに定着している作品の数々も彼の膨大な作品の氷山の一角に過ぎないでしょう。しかしそうした作品の中にもこの「スケルツォとマーチ」のような興味深いものが隠されているのだから面白いですね。
 ピアニストとしてのリストは早々に前線から身を引きましたが、作曲家としてのリストは常に革新的であり続け、交響詩という分野を開拓したり、調性の概念を拡大したり、非常な進歩を見せました。晩年には自ら無調を標榜するような作品を生み出し、今でこそシェーンベルクやアイヴズあたりの無調とは比べるべくもありませんが、当時としてはショッキングな響きを持っていたことでしょう。そうした斬新な作品がまだ隠れているやも知れない、と考えるとオタク魂がくすぐられるようです。

《今日の1曲 ~第22回~》
『即興曲第3番 変ト長調 Op.51 / ショパン』

 上がリストなので……、という訳ではありませんが。私はショパンがそこまで好きではありません。多少は弾きますが、結果的に満足行くほど弾きこなせないのであまり好きじゃないです(動機不純)。むしろ好きではあっても、別に自分が弾かなくてもいいような気がして弾きません。要は周りがみんなショパンを弾くので食傷気味になったのです。
 しかしそんな私でも愛して止まない曲というのはあります。それがこの即興曲第3番です!
 「即興」曲とは言っても即興で生まれた曲ではもちろんないのですが、簡素な形式の中にまるで即興で紡がれていくような天衣無縫で愛らしいメロディーが流れ、聴く側も肩肘を張らずに耳を傾けることができます。コンサート会場でじっくり聴くというよりは、何か飲みながら軽い雰囲気の中で聴いていたいですね。ソナタとかポロネーズと比較してみれば、こうした曲調はサロン的と言えるものですが、私はこちらのショパンの方がより魅力的に感じる時が多いです。同じ理由でワルツも大好きです。
 でもこの曲、実際に弾こうとすると聴いた感じより遥かに難しくて、譜読みをしてみてはやっぱり途中で辞めるというサイクルが続いております。そのうちお披露目できるようになれば嬉しいですね……。

『即興曲第3番 変ト長調 Op.51 / ショパン』

第121回定演特集 ~その1~

 グリーグは北欧の作曲家の中でも、特にピアノのための曲に重要な作品を残した人です。シベリウスやニールセンもピアノ曲がない訳ではありませんが、重点はやはり管弦楽にあったというべきで、2人とも交響曲の分野に傑作を残しています。比してグリーグの管弦楽は劇付随音楽「ペール・ギュント」が有名なくらいで、例えば交響曲に至っては、同時期に作曲されたスヴェンセンの交響曲第1番を聴いた結果、自作品に自信を無くして生前に演奏禁止にしてしまったという話です。私はスヴェンセンよりグリーグの交響曲の方が好きですけどね……。自身が非常に優秀なピアニストだったということもあると思いますが、グリーグの作品はピアノを含む曲の方がどうしても聴き映えがしてしまいます。「北欧のショパン」と呼ばれることからも察せられるように、ピアノのためのロマンチックな小品が数多く残されており、彼の本領はやはり「抒情小曲集」に代表される魅力的なミニアチュアの数々だと思います。
 「抒情小曲集」の第1集から最後の第10集まで、これらが作曲された時期は彼の作曲家生涯をほぼカバーしており、この曲集の歩みはまさに彼の作曲家としての歩みと共にあったものと言えるでしょう。今回演奏される5曲は第8~10集から選ばれており、晩年へと至るグリーグの心情が見て取れるようです。特に、第10集からの「夏の夕べ」は穏やかな曲調の中に、郷愁や寂寥の念を起こさずにはいられません。「トロルドハウゲンの婚礼の日」は曲集の中では有名かつ人気の高い曲なので、もしかしたらどこかで聴いたことがあるかも知れません。ピアニストとしての彼の姿が彷彿とさせられる1曲です。
 今回演奏されるのは曲集全体のごく一部に過ぎません。この定演でグリーグの魅力に触れて頂き、ぜひとも他のピアノ曲にも耳を傾けてもらえれば嬉しいです。第1集から第10集まで、作曲家の足跡を追うように聴き進めていくのも面白いかも知れません。

《今日の1曲 ~第21回~》
『弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 「皇帝」 Hob.Ⅲ.77 / ハイドン』

 ハイドンの交響曲にしてもそうですが、タイトル付きの曲は認知度が高いですよね。『時計』とか『驚愕』とか。弦楽四重奏曲においては『ひばり』とか『日の出』とか『鳥』とか、その他たくさんのタイトル付きの曲があります。タイトルが付くということは、それだけ聴いている側のイマジネーションを刺激するということでもあるので、やっぱりハイドンは素晴らしい。
 この『皇帝』の名を冠する弦楽四重奏曲は、ハイドンの作品の中では有名な部類に入ると思われます。タイトルの由来はといえば、第2楽章がオーストリア(現ドイツ)国歌の旋律による変奏曲になっていることです。この旋律自体も、当時ナポレオンの侵攻によって苦しんでいたオーストリアを鼓舞するために、国歌の制定を強く訴えたハイドン自身が作曲したもので、いわばこの第2楽章はリプロダクションというところです。
 そのような理由ですから、もちろん第2楽章の変奏曲が有名で人気もあるのですが、個人的には第1楽章の弾けるような快活さ(なんて楽しい第1主題)も捨てがたいし、第3楽章のふくよかな曲調も心躍るものがあります。そして第4楽章は初っ端から意表を突くハ短調!それまでの楽しさや面白さを全て裏切って、もはや悲愴感さえ感じさせるハ短調和音の連続で始まるあたり、またしてもハイドンの飛び抜けたセンスにしてやられた感じです。
 結論、全楽章素晴らしい。やはりこの曲は名作です。ちなみに、第2楽章のオーストリア国歌による変奏曲はハイドン自身の手によるピアノ版も残されていて、私のようなハイドン大好きピアノ弾きにとっては嬉しい限りです。

『弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 「皇帝」 Hob.Ⅲ.77 / ハイドン』
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