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定演特集 ~その6~

定演特集もついに6回目。最後はベートーヴェン、締めにふさわしい作曲家ですね。
ベートーヴェンといえば、古典派最大の巨匠にしてロマン派音楽の扉を叩いた先駆者というイメージでしょうか。語り尽くされているだけ、私も特に言うことがありません。
ウィーン古典派三羽烏とはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを指して言うものですが、前2人と比べてベートーヴェンの作品はスケールという面で明らかな違いがあります。ピアノソナタだけを取っても、ハイドンやモーツァルトのソナタと比べて規模や構成、更には内容の点でもベートーヴェンのそれは群を抜いています。もちろんハイドンとモーツァルトより後の世代に生まれて、彼らの作り上げたものをベートーヴェンがより発展させた結果ですから当然なのですが、それにしてもこの隔絶は認めざるを得ないと思います。
彼がロマン派音楽の扉を叩いたというのは、言い換えれば、それまでの古典派的音楽から脱したという意味になります。当時の文化潮流としてはロマン派と呼ばれる流れがすでに文学の方面では存在していた訳で、ベートーヴェンがそれに感化されただろうというのは一つの側面として重要なことです。もう一つは、ベートーヴェンはそれまでの音楽家のように宮廷や貴族お抱えの作曲家ではなく、また確固たるパトロンがいた訳ではないということです(間違ってたらごめんなさい)。ハイドンやモーツァルトがしばしば、仕えている貴族や教会や宮廷の意向に沿った作品を求められ、当時の風潮にあった音楽を作る必要があったのに対して、ベートーヴェンは他人に媚を売る必要があまりなかったということも同じく重要なことだと思われます。そのおかげで彼はウケを狙わずに、自分のやりたいこと、表現したいものを率直に音楽に表し、あまりに内面的過ぎて理解されないようなものでも生み出せたのではないでしょうか。ここから先の時代、音楽家が誰かに仕えて作曲をするというのは逆に少なくなっていきます。フリーランスの登場です。
ロマン派という文学の流れ。フリーランスの誕生。これらを合わせて考えるとベートーヴェンの登場は時代の要請だったとも捉えられるように思います。彼の音楽にハイドン、モーツァルトといった巨匠達との明らかな違いを見出せるのも、こうしたことが原因になっているのでしょう。
ベートーヴェンの創作は他の作曲家と同様に「前期、中期、後期」に区分することができ、このピアノソナタ第28番は後期の初め頃の作品です。初期のものに比べれば、非常にリリカルで色彩的な音楽であることは一目瞭然でしょう。後期に属するピアノソナタはこの第28番から最後の第32番までの5曲ですが、5曲全てにフーガが取り入れられています。彼が創作の晩年に恐らくはバッハへと回帰しつつ新たな時代への道を示したということは、音楽史的にとても印象的な事実に思えてなりません。

〈今日の1曲〉
『ピアノソナタ ロ短調 / リスト』

このコーナー始まって以来の有名曲ですね。そもそもが私の好みで曲を選んでいるので、ばらつきはあるものと思っているのですが、それにしてもマイナーとメジャーの中間あたりを狙ってばかりの選曲は明らかに作為的ですね。という訳で今回は思い切って、かの有名なリストのロ短調ソナタです。
ピアノ曲の多いリストですが、意外なことにソナタはこの一曲のみしか残していません。しかもこのソナタが単一楽章によるソナタという変わり種です。いくつかの楽章を切れ目なしに演奏させるという手法がシューベルトの"さすらい人幻想曲"に影響を受けたという話はよく知られていると思います。リスト自身はピアノ協奏曲や《ダンテを読んで》などで主題の循環やソナタ形式の圧縮の試みをしており、そうした試行錯誤の末に、満を持して「ソナタ」と銘打たれて世に出されたのがこの曲ということです。
一般的な四楽章構成を一つに圧縮してしまったというだけあって、切れ目ない一曲としての演奏時間は長めですが、難しい背景を抜きにしてもこの曲は音楽史上の金字塔だと思います。個人的には緩徐楽章にあたる部分が好きです。リストが書く静かでゆったりとした音楽を聴くと毎回思うことなのですが、彼は天国を実際に見てきたんじゃないでしょうか。そうでなければ、あれほど心に迫ってくる凄絶な美しさを音で描き出すことなど出来ないと思います。

『ピアノソナタ ロ短調 / リスト』
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定演特集 ~その5~

5回目となりました。メトネルとスクリャービンです。
メトネルは近年の再評価が著しい作曲家の一人ですが、まだまだその名前は一般には定着しているとは言い難いでしょう。彼はラフマニノフやスクリャービンよりは若い作曲家ですが、世代としては同じ世代の人間にあたり、特にラフマニノフとは仲が良く、ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番がメトネルに献呈されているのに対してメトネルのピアノ協奏曲第2番がラフマニノフに献呈されているなど互いに交流がありました。音楽的にもラフマニノフと同様、当時流行の前衛芸術とは距離を取って、後期ロマン派の流れを汲む作品を書き続けました。ラフマニノフほどのキャッチ―さはありませんが、何度も聴いているうちに音同士の織り成す独特な風景に飲み込まれるようです。いわゆる"スルメ"です。
メトネル自身が優秀なピアニストだったこともあり、ピアノ曲は数が多く、ソナタだけで14曲に上る作品を残しています。今回演奏される「回想ソナタ」は"忘れられた調べ第1集"という8曲から成る曲集の第1曲目にあたりますが、ソナタとは言いつつ単一楽章の形をとっているところに特徴があります。ここで現れる「回想のモチーフ」は曲集を通して幾度となく再現され、全体に有機的な統一感を与える役割を果たし、同時に聴く者にも忘れ難い印象を与えています。起伏の激しい曲調の中にメトネルが何を回想していたのか、この曲の聴きどころだと言えるでしょう。
スクリャービンについては前にも触れましたが、彼がそれまでの後期ロマン派の音楽観から、新たに神秘主義的な世界に足を踏み入れていく、その始まりの頃の作品がソナタ第4番です。これは全2楽章から成っていますが、第1楽章は実質的な序奏でソナタを貫く主要主題が提示されます。穏やかな序奏の後には、主部にあたる躍動的かつ戯れるような第2楽章がやって来て、第1楽章で現れた主題が姿を変えながら様々な形で再現されていき、最後には圧倒的な歓喜のクライマックスを作り上げます。

〈今日の1曲〉
『交響曲第36番 ハ長調 K.425《リンツ》 / モーツァルト』
モーツァルトの交響曲と言えば、最後の3曲、すなわち第39~41番が有名です。第40番なんかは出だしを聴けば「知ってる!」という人も多いと思います。まあ、この3つは是非聴いて下さいということで……、マイベストはこの《リンツ》と呼ばれる交響曲です。なぜかというと、単純に楽しいからです。第1楽章から第4楽章の全て、聴いているとこの上なく楽しくて幸せな気持ちになります。
モーツァルトはオーストリアのリンツに滞在中、伯爵の演奏会のためにわずか4日間という早業でこの曲を書き上げてしまいました。そこに因んで《リンツ》という愛称でも呼ばれている訳ですが、それにしても、こんな素晴らしい曲がたったの4日間で出来上がってしまうとは。つくづくモーツァルトの天才には驚かされます。この他にも、モーツァルトの作品には副題や愛称の付いているものが多く、そういった曲を辿ってモーツァルトの音楽と触れ合うのも面白いかも知れませんね。

『交響曲第36番 ハ長調 K.425《リンツ》 / モーツァルト』

錦鱗館コンサート プログラムの訂正

先日お伝えした錦鱗館での演奏会について、プログラムに変更があったので訂正版を載せておきます。

バッハ/パルティータ第1番 より アルマンド、メヌエットⅠ&Ⅱ、ジーグ・・・・皆川聡美
ショパン/スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31・・・・谷口直也
ラフマニノフ/チェロソナタ ト短調 Op.19 より 第3楽章・・・・木村燎平、谷川俊介
ショパン/バラード第3番 変イ長調 Op.47
リスト/リゴレット・パラフレーズ S.434・・・・木村貞仁
(休憩)
スクリャービン/ピアノソナタ第4番 嬰ヘ長調 Op.30
メトネル/「忘れられた調べ」第1集 Op.38 より 第1曲「回想ソナタ」・・・・松永修
ブラームス/バイオリンソナタ第3番 ニ短調 Op.108 より 第1楽章・・・・橋本真友里、岸晃生
ベートーヴェン/ピアノソナタ第28番 イ長調 Op.101・・・・皆川真澄

演奏者や曲目に若干の変更があります。よろしくお願いします。

定演特集 ~その4~

定演特集も4回目ということで、プログラムの後半に移ります。
ブラームスがロマン派音楽の後半を担った作曲家だというのはその通りなのですが、あまり馴染みのない頃は「硬っ!」というのが最初の印象でしたね。ロマン派にしては珍しく構成力がずっしりとしっかりしていて(他の作曲家がしっかりしていないというのではない)、その枠組みの中にロマン派的な溢れんばかりの詩情を詰め込んだように聴こえました。
交響曲なんかは特にそうですが、彼はベートーヴェンやモーツァルト、バッハといった過去の偉大な作曲家を尊敬すると同時によく研究していて、先人達が意識していた「曲の構成」について深く学び取り、その結果、曲の枠組みをかなり堅固に扱っています。ブラームスの曲と向き合った時にまず感じる巨大さは、この研究成果による構築力の表れでもあるのでしょう。ベートーヴェンについては、もはやコンプレックスに近いものがあって、交響曲第1番が構想から完成まで20年近くを要したというのは有名な話ですね。結果としてあのような偉大な作品が生まれた訳ですから、その20年には感謝してもし切れません。
ブラームスは自己批判の強い人で、気に入らない作品は容赦なく破棄したとか何とか。その割にはオペラを除くあらゆる分野に作品が残っているんですよね。合唱曲にも多く作品を残しており、"ドイツ・レクイエム"などは有名な部類だと思います。
今回演奏されるのは、"2つのモテット 作品74"という無伴奏合唱曲からの第1曲目です。題名を邦訳すると「なにゆえに光が与えられたのか?」となりますが、ここではブラームス自身が聖書からテキストを選び、そこに曲を付けています。全体は4部から成っており、「どうして生まれてきたのか」という問いと、それに対する答えを明らかにしていく形で曲は進んでいきます。

〈今日の1曲〉
『ヴァイオリンソナタ第4番 ニ長調 Op.1-13 / ヘンデル』

ヘンデルはバッハと同時代人ですが、活躍の仕方は全く異なっていました。そもそもバッハが当時活躍していたかどうかは疑わしいものがありますが……。バッハが一生をドイツから出ることなく過ごし、ボチボチの名声を得ながらひたすら神の御前に作品を生み出し続けたのに対し、ヘンデルは当時の音楽界におけるスーパースターとしてヨーロッパを渡り歩き、オペラなどの劇場音楽で一般に名を轟かせていました。
ヘンデルを聴いて思うことは、そのメロディの豊かさです。キャッチーで耳に残る旋律。オペラやオラトリオなどの音楽ではその本領が発揮されているようで、その頂点があの「ハレルヤ」になります。バッハと比べてもその差は顕著で、いくらバッハと言えどもヘンデルの煌めくメロディの前ではくすんでしまいます。彼のメロディメーカーぶりは純粋な器楽曲に関しても言えることで、このヴァイオリンソナタも、第1楽章の冒頭から引き込まれるような旋律美に心動かされます。
バロックだと言って難しいことを考えずに、純粋な旋律美を追求したい時に聴くならヘンデルに限りますね。

『ヴァイオリンソナタ第4番 ニ長調 Op.1-13 / ヘンデル』

錦鱗館コンサートのお知らせ

今から一週間後の5月24日(日)に、吉田山にある錦鱗館という所で演奏会を行います。

日時:5月24日(日) 開演17:30
会場:錦鱗館(京都市左京区吉田神楽岡町3番地)
入場料:無料

バッハ/無伴奏バイオリンソナタ第1番よりアダージョ・・・・橋本真友里
ショパン/スケルツォ第2番・・・・谷口直也
ラフマニノフ/チェロソナタより第3楽章・・・・木村燎平、谷川俊介
ショパン/バラード第3番
リスト/リゴレット・パラフレーズ・・・・木村貞仁
(休憩)
クレストン/サクソフォンソナタ・・・・高橋健、柳原文香
スクリャービン/ピアノソナタ第4番・・・・松永修
ブラームス/バイオリンソナタ第3番より第1楽章・・・・橋本真友里、岸晃生
ベートーヴェン/ピアノソナタ第28番・・・・皆川真澄

多少分かりづらい場所ですが、お時間ありましたら是非聴きにいらして下さい!

〈今日の1曲〉
『交響曲第1番 変イ長調 作品55 / エルガー』

私はエルガーが大好きです。ファンです。ハイドンの次に好きです。
イギリス音楽ってあんまり人気がありませんよね。一部の曲を除けば、ほとんどが一般大衆の興味の外側にあるような気がします。第一、イギリスの作曲家という時点で「・・・」。エルガーの作品も、"愛の挨拶"や"威風堂々"以外は馴染みがないと思います。
エルガーという作曲家は、バロック期のパーセル以来のイギリス音楽界の長きに渡る沈黙を打ち破り、近代音楽におけるイギリスの地位を高めた人として知られています。彼の登場以降は、ヴォーン=ウィリアムズやホルスト、ブリテンなどの近現代音楽の歴史に名を残すイギリス人作曲家が次々と現れますが、エルガーこそが彼らの旗頭でした。当時の音楽界ではすでに先鋭的な作品が数多く生まれていましたが、エルガーはそうした潮流とは無関係に、後期ロマン派の流れを汲む音楽を書き続けました。
エルガーの音楽には常に気品があります。貴族的な品位があって、なおかつ情緒豊かで広大です。よくイギリスの広々とした丘陵地帯に例えられることが多く、私も言い得て妙だと思っています。
この交響曲第1番にはエルガーの魅力が余す所なく詰まっています。曲全体を貫く主題が奏でられる冒頭からの数十秒間は、この曲で最も重要で威厳のある箇所です。このモチーフが、50分近い巨大な交響曲の中に幾度となく再現され、それ以外にも、エルガーはいくつかのモチーフを循環的に曲中で使用しており、これによって全体にある種の統一感が生まれています。終楽章のクライマックスで冒頭主題が回帰する場面などは、感動で涙が出ます(実話)。
この他にもアピールポイントは山ほどありますが、何はともあれ、エルガーの長大な物語に耳を傾けてもらうのが一番でしょうか。

『交響曲第1番 変イ長調 作品55 / エルガー』

定演特集 ~その3~

定演特集その3です。
ショパンとリストは因縁のペアですね。生まれた時代が同じで両者共に腕利きピアニスト、お互いに親交もあって、現在ではロマン派を代表する作曲家として人気があります。ショパンがポーランド生まれで、リストがハンガリー生まれ、当時の音楽界の中心地ではない場所から二人がやって来たというのも、ある意味で面白い共通点でしょうか。二人の生み出した作品は、その後のピアノ音楽に革命的な変化をもたらし、特に技術面での書法を革新させたと言えます。
しかしながら二人の活動スタイルは幾分異なっていました。ショパンは繊細な性格の持ち主で、ピアニスト業も大きな会場より、どちらかと言うとサロンに集まる少人数のために演奏することが多かったようです。リストの場合はその剛腕をフルに活かして、世界を股に掛けるスーパーヴィルトゥオーゾとして聴衆を熱狂させたと言われています。ライブパフォーマンスもさることながら、麗しきピアノの貴公子ぶりから多くの女性を魅了し、リストの熱心な女性ファン達が彼の投げた白手袋を奪い合って乱闘になったとかなんとか……。まあ、二人とも晩年は隠遁生活で作曲に専念したところは一緒です。
バラードは元々が文学作品として、その後は声楽作品のジャンルになりましたが、ショパンはこれを器楽曲の作品として初めて用いました。スケルツォ同様にバラードも全部で4曲が作られていて、スケルツォがピアノの技術面での特徴を見せているとすれば、バラードは作曲面での特徴が大きいように思います。今回演奏されるバラード第3番もそうですが、形式的な定型を見せることなく、非常に自由な構造で様々なモチーフが現れたり消えたりしながら曲が進んでいきます。このバラードという曲は特定の詩を題材にして、その世界を音楽的に表現したものとも言われており、作曲家ショパンの創意工夫と霊感の調和が随所に見られる、現在でも人気の高い一曲となっています。
一方のリゴレット・パラフレーズ。これはピアニストとしてのリストがどのような人間だったかをよく表しているように思います。リストがヴィルトゥオーゾとして人気を博していたことは言うまでもありませんが、彼の凄絶なテクニックを聴衆に理解させるには当時作られていた他人の曲では物足りなかったと見えて、リストは自分の演奏会用に様々な作曲家の作品を自ら編曲して超絶技巧を要する曲に仕立て上げました。このリゴレット・パラフレーズが書かれた時、リスト自身はすでに一線を退いていましたが、ハンス・フォン・ビューローというこれまた腕利きの弟子が演奏する為に編曲したみたいです。ヴェルディの歌劇「リゴレット」の中で歌われる四重唱を扱っており、本来四人で歌うものを二つの手で弾くというだけでもとんでもないのですが、そこに華麗なスケールやアルペジオ、重音奏法やオクターブでの速い連打といった難技巧がてんこもりになっていて、いかに聴衆の心を捉え熱狂させるかということがよく分かったアレンジになっています。

〈今日の1曲〉
『アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 / シューベルト』

「アルペジオーネってなんだ?」という理由で聴いてみたのが最初でした。アルペジオーネとはシューベルトの時代に発明された弦楽器で、ギターのようにフレット構造をしたチェロみたいな楽器だったようです。残念なことにアルペジオーネはその後廃れてしまい、現在では専らチェロ(たまにヴィオラ)で演奏されます。こういう楽器の為に作曲をしてしまうあたり、シューベルトはつくづく残念系の男でしたね。そんなことを言ったらバッハの無伴奏チェロ組曲だって、実は現在で言うところのチェロの為には書かれていない訳で……。
しかし楽器のせいとは言っても、この曲が音楽史の闇の中に取り残されなくて本当に良かったです。シューベルトの作品の中でもかなりの名曲だと思います。この曲を初めて聴いた頃はあまりシューベルトが好きではなかったのですが、聴いてすぐにこれは好きになりました。第1楽章での歌うようなメロディーに仄暗い感情が寄り沿っているのはシューベルトならではのもの。第2楽章における安らぎに満ちた表情。アタッカで続く第3楽章では幸せな満ち足りた様子が窺えます。
そのうちチェロの人とやってみたいなあ、と思っているのですが、チェロ弾きに言わせるとなかなか難しいようですね。……残念。

『アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 / シューベルト』

定演特集 ~その2~

定演特集、その2は……出ました!スクリャービン!
スクリャービンはどうなんでしょうね、今では有名作曲家として認識されているのでしょうか?ロシア近代の中でも、ラフマニノフやプロコフィエフなんかと比べると、まだまだ影に潜んでいるような感じがありますが。
正直、私にはスクリャービンのことはよく分かりません。弾いたことないし。
これはかなりの個人的意見ですが、私にとってスクリャービンという名前は作曲家のカテゴリーではなく、もはやそういう一つのジャンルで別世界のものです。彼は最後にとんでもない場所まで行ってしまいましたから。後世に多大な影響を与えたことは事実ですが、それでもどこか他の音楽とは隔絶されたものを感じてしまいます。

スクリャービンのスタート地点はロマン派の音楽です。ショパンなどの影響を強く感じさせますし、多分本人もそれを隠そうとは思ってないのでは。むしろそれまでのロマン派音楽よりも濃厚な音楽を生み出しています。彼がこうした作品を書いていた時期を指して「前期」と呼んだりしますが、今回の定演で藤原さんが演奏する2曲は、どちらも前期の作品です。
"ピアノソナタ第2番"は前期の真っ只中の曲。副題の「幻想」が示すように、冒頭の主題から聴く者を幻想的な風景へと誘ってくれます。スクリャービン曰く、黒海を訪れた際の印象を基にしているらしいです。本来は2楽章構成ですので、会場で第1楽章だけ聴いて「おっ!」と思ったらぜひ第2楽章も聴いて欲しいですね。
彼のロマンチシズムがついに行くところまで行ってしまった、前期の集大成と言われるのが"幻想曲"です。お恥ずかしいことに、私は最近までちゃんと聴いたことがありませんでした。形式的にはソナタ形式をとっており、しっかりした構成を持っていますが、音楽の中身は非常にドラマチックかつ幻想的(幻想曲だからね)なもので繊細さも兼ね備えていて、型にはまらない天衣無縫な才覚が溢れ出ています。結構な傑作だと思うのですが、作曲者本人はこの曲のことを忘れていたようで、知人がこれを弾くのを聴いて「この曲聴き覚えあるぞ。何だっけ?」みたいな反応だったみたいです。なんとまあ……。

〈今日の1曲〉
『アンダンテと変奏曲 ヘ短調 / ハイドン』

私はハイドンが大好きです。あらゆる作曲家の中でハイドンが一番好きです。それゆえに、多くの人にとってモーツァルトとベートーヴェンのサブ的位置にあったり、ソナチネアルバムでお世話になる人程度にしか認識されていなかったりということに不満を抱いています。
確かに、有名なお二人に比べれば深みが足りないとか、単純すぎてつまらんとかいう評価は分かります。私自身も時々そう思います。しかしながら、私が魅力に感じるのは逆にそうした単純さや平明な感情です。難しいことが分からずとも、音楽を通して人間の喜怒哀楽が直に心に響く。こんなに心の琴線に触れる曲を作り上げられるのは、まさにハイドンだけの業だと思います。これだけの温かみを感じさせる作曲家は貴重です。
しかしそのようなハイドン像が一瞬で様変わりしてしまうのが、今日の"アンダンテと変奏曲"です。主題のアンダンテを基に変奏が続きますが、その主題からしてすでに珍しく異様な暗さがあります。変奏を追うに従って感情の高ぶりが見え、最後のコーダに至っては激情が噴き出すようです。知らずに聴いたらベートーヴェンの曲と間違えかねません。とは言え、その暗闇の中にも皮肉があったり、一転して光があったり、情緒に欠かないのはさすがハイドンです。
「パパ・ハイドン」と慕われた温厚な作曲家が、五線譜の上に自身の心の奥をさらけ出した貴重なポートレートがこの曲なのでしょう。

『アンダンテと変奏曲 ヘ短調 / ハイドン』

定演特集 ~その1~

定演特集その1です。ひとまずプログラムの順にやっていこうと思うので、ショパンのスケルツォ第2番からスタートしていきます。

どのくらい市民権を得ているのか分かりませんが、巷ではこの曲を指して"スケ2"と呼びます。「今度何弾くの?」「スケ2だよ……」という風に使います(ちなみにスケルツォ第3番は"スケ3"なので水戸黄門みたいですね!)。
ショパンについては言わずと知れたというところが多々あると思いますが、何気なく耳にする曲でも実はショパンの曲でした、なんていうことはまだまだあるのではないでしょうか。それ程、ショパンの作品は人の心に受け入れられやすいということだと思います。
ショパンはスケルツォを全部で4つ書きました。どれも素晴らしい曲なのですが、中でもこの第2番は超の付く有名曲。冒頭の呟くようなフレーズを聴けば、誰でも「あの曲か!」となるに違いありません。「スケルツォ」はイタリア語で「冗談」という意味を持っており、多楽章形式の曲では中間楽章で登場することも多く、ベートーヴェンなどは交響曲やソナタの中でスケルツォ楽章を用いることがよくありました。
「ショパンはスケルツォに黒い服を着せてしまった」と評したのはシューマンでしたが、確かに、ショパンのスケルツォはそれまでのものと比べるとより性急で破壊的なまでの荒々しさを時折見せます。少なくとも冗談には聴こえません。とは言っても、始終暴れ回っている訳ではなく、形式的には急‐緩‐急となっており、安らぎや祈りといった感情を与えてくれる箇所もちゃんとあります。こうしたコントラストで魅せるのが、ショパンの作曲の巧さです。
ショパン自身もピアニストであり、彼の作品のほとんどはピアノのための作品です。本人がピアノ演奏を熟知していたおかげで、演奏中のどれだけの難技巧でも、手の理屈に合わないことは要求されません(ほとんどの場合はね……)。スケルツォも例外ではなく、見た目とんでもないことをしているようで、その壁はちゃんとした努力を積み重ねれば越えられるようにできており、弾きおおせた後の快感は本当に気持ちの良いものです。
これまで多くのピアニストが取り上げ、演奏家のみならず一般の聴衆も虜にするのは、やはりショパンの天才があってこその業です。

〈今日の1曲〉
『5声のシンフォニアと協奏曲 Op.2 より第1番 / アルビノーニ』

上でショパンをやったからと言って、このコーナーでもショパンを取り上げるとは限らない……。
"アルビノーニのアダージョ"で有名な作曲家ですが、実はあの曲って偽作です。音楽史家のジャゾットが、発見したトリオソナタの断片からまとめ上げたという話でしたが、ジャゾット自身の手によるものだろうという見方が強いようです。
アルビノーニはイタリアの作曲家で、生前はオペラの評判が良かったようですが、現在では専ら器楽曲の作曲家として認識されています。バッハと同時代の人で、バッハはアルビノーニに関心を寄せ、アルビノーニの主題によるフーガをいくつか残しています。
この時代らしく、緩急緩急の楽章立てによる教会ソナタ形式で、5つの声部から成り立っている曲です。「声部」なんていう言葉が出てくると、難しそうで構えてしまいがちですが、込み入った音楽ではなくむしろ色彩的で抒情的な音楽です。第1楽章の出だしから徐々に声部が増えてきて一緒になるところなど、崇高な意識さえ芽生えて来るようです。各声部の対話がこんなに美しく描き出されているのも本当に喜ばしいことです。バッハが関心を持つことも分かるような気がします。

『5声のシンフォニアと協奏曲 Op.2 より第1番 / アルビノーニ』

第120回定期演奏会 プログラム

以前にも当ブログで紹介しましたが、来たる6月5日(金)は第120回定期演奏会の日です。
あと一か月もない!
チラシとプログラムの作成に目下奔走していますが、一足先に、今回の曲目と演奏者を紹介します。

1.スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31 / F.ショパン・・・・・・谷口直也(文・3)

2.ピアノソナタ第2番「幻想ソナタ」 嬰ト短調 Op.19 より第1楽章 / A.スクリャービン
  幻想曲 ロ短調 Op.28 / A.スクリャービン・・・・・・藤原圭哉(農・3)

3.バラード第3番 変イ長調 Op.47 / F.ショパン
  リゴレット・パラフレーズ S.434 / F.リスト・・・・・・木村貞仁(医・4)

  ~休憩~

4.Zwei Motetten Op.74-1
  "Warum ist das Licht gegeben dem Mühseligen?" / J.ブラームス・・・・・・ハイマート合唱団

5.「忘れられた調べ」第1集 Op.38 より第1曲 「回想ソナタ」 / N.メトネル
  ピアノソナタ第4番 嬰ヘ長調 Op.30 / A.スクリャービン・・・・・・松永修(総人・2)

6.ピアノソナタ第28番 イ長調 Op.101 / L.v.ベートーヴェン・・・・・・皆川真澄(農・4)

以上が今回のプログラムです。
このブログでも定演特集として、取り上げられる作曲家や曲についてこれから触れていきたいと思います。

本入会待ってます!

GWまだかなあ……と思っていたらブログの更新をすっかり忘れていました。ごめんなさい。
4月24日は第2回新歓コンサート&コンパがありました。第1回と同じくらいたくさんの新入生が来てくれて、また前回に比べて上回生の先輩方も多く来てくれました。演奏の方は2台ピアノやフルート四重奏と、前回よりも幅広い内容で楽しめたのではないかと思います。私もモーツァルト=グリーグの2台ピアノをやりました。15番のソナタにグリーグが2台目のピアノパートを付け加えたというゲテモノでしたが……。

新歓イベントはひとまずこれで全て終わってしまったわけですが、5月の下旬になると「店コンパ」という、本入会してくれた新入会員と上回生によるコンパが企画されています。何が「店」なのかというと、器楽部のコンパは大抵の場合がBOXで行われるのですが、これは百万遍界隈のお店に出掛けて開催される特別なコンパのため、区別するために「店コンパ」と呼ばれているのです。
うちのサークルでは新入会に際して2週間の仮入会期間を設けており、これが終わると本入会したい人は手続きをすることができます。本入会が済むとBOXを一切の制約なく24時間使うことが可能になるわけです。仮入会してくれた人の中には、もうすでに2週間を経過して本入会手続きをすることができる人もいると思うので、いつでも2回生あたりを捕まえて手続きしちゃって下さい。すでに何人か1回生で本入会してくれているようで、こうやって後輩が増えていくのを見守るのは先輩冥利に尽きるとでも言うのでしょうか。

〈今日の1曲〉
『ピアノソナタ 作品1/ベルク』
ベルクはシェーンベルクの弟子ですが、名前が似てるのは偶然です。新ウィーン楽派という現代音楽の先駆のような潮流の中に彼は位置しています。確かに聴いた感じではもはや調性の感覚が逸脱しているようにも思えますが、中身までよく見てみると、彼の音楽はどこを切り取ってもただひたすらにロマンチックです。かなり色眼鏡で言ってしまえば、調性の枠には収まりきらないロマンなのです!
このピアノソナタはベルクが生前に出版した唯一のピアノ曲で、彼の記念すべき「作品1」です。まだ師匠シェーンベルクの下で研鑽を積んでいた頃の作品ですが、すでに調性の感覚は曖昧となっており、形式的にも単一楽章のソナタという一風変わった作品となっています。音楽的には本当にロマンの塊のような曲で、現代音楽という言葉から連想される冷徹で無味乾燥な響きとは一線を画しています。
単一楽章のソナタといえばリストのロ短調ソナタが真っ先に思い起こされますが、ベルクはどうやら最初のうちは続きの楽章まで書く予定で、第1楽章を完成させたものの続きが思い浮かばないところを師匠に相談したら「じゃあ書くことは全て書いてしまったんだよ」と言われて、単一楽章で完成させたそうです。

Glenn Gould live in Moscow 1957, plays Berg Sonata op.1
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